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創作サイト【文燈】の雑記、一次、二次創作書き散らし用ブログ。 休止解除しました。創作関連はサイトでの更新に戻るので今後は雑記、返信等が中心となるでしょう。更新が鈍い場合はツイッター(http://twitter.jp/gohto_furi)に潜伏している可能性が、大。
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二次メモ:【TOA】


 ( 09.3.11 )



 無闇に塗り重ねるのではなく一筆で一気に塗り染めたような鮮やかな月夜は、いつもよりもほんの少しだけ目に優しい。
 それは多分、自分が今握っている本物の“それ”にも影響しているのだろう――今夜は普段よりも何割増しかで、紙上での筆の踊り具合が軽やかになっていた。月の光と星の明かりと焚き火の揺らぎが、自分の書き進める速度と歩調を合わせるようにリズム良く強弱を重ねている。モンスターの気配も周囲には窺えないし、この調子なら見張りの交代時間までには満足の行く長文が書き記せそうだった。
「いつもよりも順調に書けているみたいですね、ルーク」
 リズムに溶け込むような親和性を伴った声が、背後に浮き立った。
 ルークは順調に文章を刻む筆先を止め、声の主の方へと振り返る。
「あぁ、イオン――悪ぃ、起こしちまったか?」
「いいえ」
 男性陣の野営テントから出てきたイオンはやんわりと首を横に振って、自らの微笑で彼の謝罪交じりの問い掛けを丁寧に包み込んだ。
「物音で目が覚めた訳ではありませんから、気にしないで下さい。それよりも――」
 ルークの傍まで近寄り、焚き火に照らされて夜気に浮かんでいるノートの文面へと視線を寄せる。まだインクの乾き切っていない文字列をまじまじと、細く引き束ねた真摯な視線で眺めているその姿に、ルークは首を傾げた。
「ん?……な、何か変な事でも書いてるかな、俺」
 もしくは、スペル間違いでもやらかしているのか。自分でも見返して確かめてみる。
「いえ」
 イオンが首を振ってまたも否定した。先程よりも“胴体”が縮んだ歯切れの良い否定の言葉は、しかし、棘のような鋭さは持ち合わせていない。
 感心が全面に塗された言葉が、彼の口から零れ出た。
「見たまま――感じたままを書き連ねていく【日記】を続けられるのって、何だか凄いなあ、って」
「凄い、かな? それってそんなに難しい話じゃないと思うけど。お前だって……いや、むしろお前だったら俺よりも何倍も充実した内容の日記を書けると思うけどなぁ。ほら、見ての通り俺の日記なんて簡単な表現とか単語ばっかで全然見栄えが良くないしさ」
「でも、僕の場合は、書く内容が予め決められている公文書や親書ばかりですよ。自分で最初から文章を考えている訳ではありません。そして導師である僕が私文書を作成する場合は、色々と制約があるんです。例え全てが僕個人の心象に沿ったごくごく私的な内容、だとしても」
「ふーん。でもそれは規則上書けないだけで、もし書いても構わないんなら書けるって事だろ?」
「ええ。でも、普段の公式の筆遣いをそのまま日記にしたら、きっと堅苦し過ぎて疲れてしまうでしょうね」
「……そりゃ確かにそうだ。でも、なぁ」
 ルークはイオンの言葉に対し、嘘偽りなく素直に困惑する。
 直近、最近、それ以前の日記を改めて見直してみても。心中を占めるのはやはり、より純度を増した困惑だけだ。
「やっぱりさ、お前の方が凄いよ。俺には綴りを書く事さえできないような難しい単語や用語をすらすら読み書きできるんだから。……“七年”も掛けてこの程度だもんな、何やってたんだろ、俺」
 握っていたペンをノート上に置いて、両手の指を開いた。
 一本ずつ折り重ねながら、まっさらな状態から始まった【俺】の日々を頭の中で再生する。それは、お世辞にも他人に誇れるような立派な学習具合ではなかった――自分の努力ではどうにもならない巨大な運命、否、予定調和が脱線を許さないレールとして目の前に敷かれていた、と言い訳をする事もできるのだろう。だが、例えそれで万人が納得してくれたとしても、多分自分は永久に納得はしない。
(あいつだったら)
 脳裏に浮かぶのはより深く、より激しく、より色鮮やかな、真なる焔。
(全く同じ状態から始まったとしても――俺なんかよりも、ずっとずっと先に進んでいるんだろうな)
 客観性の皮を被った自嘲交じりの劣等感が、意識を覆った。
 だが、皮を被る者あれば、皮を剥ぐ者もいる。
「今、アッシュと自分を比べていましたね? ルーク」
「…………分かる、のか」
「何となく、ですけどね」
 イオンは、モンスターの強襲に即応できるよう地面に突き立てているルークの剣を指差した。焚き火の焔を光源として、ルーク自身の表情が刀身に反射して映っている。ありふれたお伽噺で語られるような、まるで本人の心をそのまま投影したような憂い顔。
「そこに映っている自分の顔を真剣に見据えていましたから、きっとそうだろうな、と」
「――はは。お見通しか」
「ええ」
 これがジェイドならば『全てお見通しです』と更に付け加えそうな確信たっぷりの頷きを見せて、イオンが言葉を続けた。
「けれど、それは無意味な比較です。ルークはルーク、アッシュはアッシュ。貴方は、貴方」
「――でも、俺はあいつのレプリカだ。能力の違いは客観的に見ても明らかだよ。俺があいつよりも劣っているのは、間違いのない事なんだ」
「そうですね」
 瞬間、夜気が凝った――ような気がした。
 イオンはその客観を何故か否定せず、感傷を抑えた声で肯定したのだ。
 ルークは、「そうだろう」と言葉を繋ぐ事がすぐにはできなかった。ほんの少し前に『貴方は、貴方』ときっぱり断言してくれた彼ならば、自分が述べた客観的な見解をいつもの微苦笑とともに否定してくれると思ったから。
 そんな事はありません――と、彼は決して言葉として封切りはしなかった。
 代わりに、こう言った。
「能力は、資質は、違っていますよ。貴方の言う通り。ただ」
「……ただ?」
「その覆せない“違い”が、貴方を貴方たらしめている、貴方が貴方である事の最大の証明なんだと僕は思います。そしてそれは、僕自身にも当て嵌まる事なんでしょうけれどね。【被験者イオン】のレプリカ。劣化した能力を受け継いだ、この僕自身にも当て嵌まる――」
 同年代の少年少女よりも一際細く思える指先を焚き火に掲げ、イオンが呟きを止める。
 オリジナルとレプリカとの間には外見から判断できる差異がない事を、彼は充分に知っている筈だった。
 だから、それは単なるポーズ――仕草に過ぎない。
 特に意味はない。
「能力や資質の違いを気にする事に、多分、特に意味はないように思うんです」
 それは重大な意味を持っている発言だろう、と。
 ルークは反射的に反応の言葉を練り上げたが、声に載せて吐き出す事はできなかった。最後までその言葉を聞いて、“意味はない”と言う意味を理解しなければならないと思ったのだ。
 イオンは、言葉を続ける。
「本当に大事なのは、【どうして生まれたのか】ではなくて――【どのように生きて行きたいか】と言う事だと思うんですよ。レプリカは預言から外れた存在。良くも悪くも、預言が示す道筋に囚われない生命です。だからこそ、どのように生きるか、生きたいのか、それを考える事に大きな意味があるんじゃないでしょうか」
「――意味が、……か」
「でもそれは必ずしも、【違ってるんだから違わなきゃいけない】と言う事は意味しません。僕は、被験者イオンよりも能力も資質も劣化した存在です。だけど、僕は彼の負うべきだった責務を今もこうして引き受けている。最初は確かに、“そう望まれた”から引き受けていたのかも知れません。けれど、今は――僕は、僕の意思で、この役割を自分に課しています」
「お前が、そのように生きたいと思ったからか?」
「はい」
「……そっか。うん――そういう考え方もあるのか。じゃあ、俺は、一体どうしたいんだろうな」
「その答えはきっと、もうルークの心の中に種が蒔かれていると思いますよ。必ず、芽を出します」
「そうかな? あ、でも俺、よく花壇に土足で踏み込んでペールの爺さんに叱られてたんだけど」
「……えっと、それでも多分、大丈夫だと思います」
 何がどう大丈夫なのかは、二人にもよく分からなかった。
 が、既に、二人の中ではこの話題は根っこから綺麗に刈り取られていたようだった。重く凝った雰囲気が焚き火の煙に絡まって消え去った跡には、話題の端緒となった些細な苦悩だけが居残っている。
 ルークは再びペンを手に取って、途中で筆の止まった日記と向き合った。
「まあ、それはそれとして」
「ええ」
「やっぱり、七年も経ってるのにこの程度の日記しか書けないのはどうかと思うんだよな」
「……戻っちゃいましたね」
「それでいい、って事なのかな、つまり」
「ええ。きっと、それでいいんでしょう」
 二人して顔を見合わせ、それらしい理由もでっち上げぬままに笑声を上げる。
 話題の深刻さとはほとほと無縁の、誤植のようなお互いの笑い顔が、凍える夜気を温めてくれるような気がした。
 これはきっと誤植にすらならない、殆ど全く意味のない議論なのだろう。そんな、何かを語る事に意味を――理由を見付けられなくてもこれだけ愉快な気分になれると言う事実を日記に事細かに記録して忘れないでおこうと、ルークは考えなかった。ただ二言、【イオンと無意味な議論をした。でもすげー楽しかった。】とだけ記し、ノートを閉じる。
 例え何を話したかを忘れてしまったとしても、それは別に大した問題ではないのだ。


 遠い未来のいつか、
 この日の日記を読み返して、楽しかった理由が全く分からなかったとしても。
 その一日がとにもかくにも【すげー楽しかった】と理解する事ができたのなら――多分、それだけでもこの筆を走らせた意味はあるのだろうから。それはもう、充分過ぎるほどに。






 “ Res:senseless ”
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