忍者ブログ
創作サイト【文燈】の雑記、一次、二次創作書き散らし用ブログ。 休止解除しました。創作関連はサイトでの更新に戻るので今後は雑記、返信等が中心となるでしょう。更新が鈍い場合はツイッター(http://twitter.jp/gohto_furi)に潜伏している可能性が、大。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


【 environmental prayer 】

(07.10.24 ―― 【PERSONA3】)
(3月某日:【CHARIOT】&【MAGICIAN】)




 窓際から何気無く視線を遠投すると、校門の向こう側にある歩道を大挙して進軍している低学年の小学生達の塊が目に映る。まだ下校する時間帯ではないのにどうしてだろうか、と脳を捏ねると、彼の脳内で答えはすぐに導き出された――何の事は無い、首を傾げた自分自身が時間帯を取り間違えていただけだ。今日は午前中だけでなく昼からも期末試験テストが行われる事を、余りにもうっかり、且つさっぱりと忘却していた。試験の初日が諸事情により丸々潰れてしまったので、二日目となる今日、昨日の分も合わせて二日分を一気に消化しなければならないらしい。
 その諸事情の詳しい中身を、彼は知っている。同じクラスの一員として”参列”したのだから、当然だと言えば当然だ。だからこそその【式】を諸事情等と言う曖昧な単語で乱雑に包装される事は、学園側の理屈(参列した生徒は自分達2年F組と他ごく一部の関係生徒のみで、残りの生徒達は臨時休校と言う恩恵を授かった)としては分かっていても、当然、納得は行かない。このような感情を【理に適ってるけど腑に落ちない】と表現する事を、彼は何かの漫画か小説で読んで――辞書を調べてもその表現が載っていない事は、この際気にしない――知っている。
 知っているけれど、
「……でも、腑って一体何だったっけな」
 知れていないような気もする。独り言は開け放たれた窓から外気に逃げて、溶けた。
 改めて考えてみる。と言うよりも、改まって思い返してみる――すると辿り着く事実は、何度思い返してみても一つだ。この圧倒的な現実を真正面から突き付けられてからそれ程時間は経過していない筈なのに、意外な程に、異常な程に、あっさりと状況に適応して冷静さを全身に行き渡らせている自分自身の姿。ある日突然、最も深く心を通わせていたと言ってもいいクラスメートが亡くなってしまったと言うのに、自分の心身はまるでその大事件があの日、あの時に訪れる事が予め分かっていたのではないかと言う位に迅速な対応を見せた。生まれた時から、否、生まれる前から人生の予定表に赤ペン太字でカレンダーの枠一杯に書き込まれていたのではないかと、割と真剣に疑わざるを得ない。
 確か、十月頃にも上級生が一人喧嘩に巻き込まれてだか何だかで亡くなっているが、むしろ自分にとっては彼よりも遥かに疎遠な筈のその上級生の死の一報の方が、不審と不安を掻き立てたものだ。教室の窓硝子を研ぎ砥ぎの爪で引っ掻くと流れ出すあの忌々しいBGMが、あの時は心の内壁を這い回るように鳴っていた。では今この時に自分の心で鳴り響いているのは一体どんな楽曲か、と考えを巡らせてみる。何処の誰の作曲だか知らないけれど誰もが皆知っている定番の環境音楽(試験の一夜漬けの時に点けっ放しの国営放送からよく流れている)が、【呼んだ?】とでも言わんばかりの態度でドップラー効果を発動させる。そして、呼んでねえよ、とその音楽を押し戻しつつ――彼はこのように考えるのだ。でもよく考えたらあいつはホントにそんな音楽みたいなヤツだったな、と。
 だからこそ自分だけではなく、周囲のクラスメート達も、このようにして意外な程の平静を既に手に入れているのかも知れない。”誰もが皆知っているけれど何処の誰だか分からない”ような、そんな彼だったからこそ、その不在をごくごく自然な成り行きとして受け入れられている。
 物体ではなくて環境のようにそこに在り、
 個人ではなくて背景のようにそこを彩る。
 彼の一挙手一投足を思い浮かべて、そのような文言が脳裏に浮かび上がる。一夜漬けの所為か、今日はいつもよりも当社比何割増しかの単語と表現が使えている事に、何とも形容し難い苦笑が唇から漏れ落ちた。その感情は、一夜漬け、付け焼き刃の勉強ではどうにも形容出来ない。
 勿論、そんな簡単で厄介な理屈では自分の心に筋を通す事の出来ない人もいるのだろう。試験の休み時間が訪れる毎に教室内から姿を消す――そして今もここには居ない――岳羽や順平は、きっと、自分やその他のクラスメートのようにはこの現実を割り切れていない。百万を百万で割るのと十を三で割るのはどちらが難しいかなんて、幾ら頭の悪い自分でも流石に分かる。そして自分達は前者で、彼等は後者である事も、当然。
 既に小波一つさえも起こさない平静な自らの心を、褒めるべきか、叱るべきか。
 その二択問題を先送りにして、宮本一志は片手に握っていた粒あんぱんの残りを丸ごと口内に放り込む。もう片手に握られている借り物の現代文の教科書(時間が足りなかったので学校で追い込みを掛けるつもりが、うっかり家に忘れて来た)を開くと、丁度そこには小テストのプリントが二つ折りにして挟み込まれていた。谷を平地にして中身に目を落とすと、よく使われる諺の名前が横一列に並び、その意味を選択肢からそれぞれ選び出す定番の問題が印字されている。
 近付く人影に、視線が不意に跳ねた。
「……あー、宮本さ、そろそろ教科書返してくれる? 俺も一応最後の復習やっとかないと」
 昼休みの終了が近い事を察したのだろう、貸し主である友近が席を立って窓際へと歩み寄って来た。普段の試験では”彼”から教科書を借りていたのだが今回は当然ながら借りられない為、友近から借りたのだ。とは言え、こうして色々と物思いに耽っていたので、勉強それ自体は殆ど出来なかったが。
「あ、悪ィ。ちょっと待て、この問題だけ目を通して返すから」
 宮本はそう言って、プリント上の諺の問題に視線を落とした。
 一番右側、最初の諺を読んで選択肢から意味を探す。つい、唇が開いた。
「人の噂も――」
「七十五日、だろ? そんなの今更復習しなくてもさ」
「分かってるよ」
 勿論、この諺の存在と意味位は復習しなくても知っている。世間の評判や話題は長くは続かない、と言うお決まりの諺。中等部の頃だろうか、一番最初にこれを習った時、先生に指されて慌てて【三行半】と答えてしまい大目玉を食らった苦い記憶がある。どうしてそんな単語が連結されたのかは今でも分からないが、少なくとも、当時の馬鹿さ加減は今では少しはマシになっている筈だと思う。ほんの少しは、だけれど。
 そしてその頃よりもほんの少しは理知的になったであろう自分の脳味噌は、この諺に対して新たな解釈を示すのだ。
「……七十五日、か」
「ん?」
 零すように呟いた数字に、教科書を返して貰いその場で復習を始めた友近が反応する。
 そんな彼には視線を結ばず、真後ろの青空に首を振り向けながら、宮本はこう呟いた。
「人の噂も七十五日続いたらさ、それはもう、永遠だって言っていいんじゃねえかな」
 七十五日も続く噂は、きっと永遠に語り継がれるべきお話だ。
 七十五日どころか、一報を聞いてから七十五時間すら経過していない今でさえ、こうして彼の事は過去の一幕、切り替えられた環境、張り替えられた背景として、暗黙の合意の下で平和的――合理的に片付けられようとしているのだから。七十五日後の世界、月光館学園で一体どのような話題が室温に熱量を与えているか、それは言わずと知れた事だった。
 理に適っているからこそ腑に落ちない。その言葉は確かに理に適っている。
「……でも、腑ってホント、一体何だったっけな?」
「知らないって」
 その独り言を自分への質問だと受け取ったのか、友近が顔を上げて回答して来た。
 もう年度末だと言うのに妙に真新しさが際立っている制服姿をまじまじと見詰め、言葉を続ける。
「にしても」
「何だよ?」
「お前がまともに制服着て教室の中にいるなんて、なーんか違和感感じるんだよな。えーと、何て言えば――そうそう、理に適ってるけど腑に落ちない、っつーかさあ」
「……待て、俺、ちゃんと授業中は制服で授業受けてるぞ? だから腑って一体どこの何なんだよ? え、どうでもいいじゃんそんなの? いやどうでも良くねえよ、俺にとっちゃ今一番重要な問題なんだよ!」
 何かを忘れているような気がする、と言う心の声は、そんな咆哮の狭間に落ち込み、消える。
 人の噂と言うものは結局の所、いつもいつも、腑に落ちない曖昧な感慨を伴って何処かへと失踪するのだった。


 予鈴が鳴って、午後の試験が始まる。宮本は頭脳を試験の仕様に切り替える。
 人の噂は七十五時間どころか七十五秒さえも続かないこの現実に、彼はほんの少しだけ苦虫を噛んで、残りはそのまま喉の奥へと流し込んだ。

PR
この記事にコメントする
color
name
subject
mail
url
comment
pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
この記事へのトラックバック
この記事にトラックバックする:
書評【スカイ・クロラ】 HOME 書評【ザレゴトディクショナル】
photo by 七ツ森  /  material by 素材のかけら
忍者ブログ [PR]
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
[06/20 諷里]
[06/19 杵島月莉]
[02/28 諷里]
[02/24 ささい]
[12/22 諷里]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
諷里
HP:
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
アクセス解析