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創作サイト【文燈】の雑記、一次、二次創作書き散らし用ブログ。 休止解除しました。創作関連はサイトでの更新に戻るので今後は雑記、返信等が中心となるでしょう。更新が鈍い場合はツイッター(http://twitter.jp/gohto_furi)に潜伏している可能性が、大。
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【 この手は、選ぶを選べない 】

(07.9.7 ―― 【PERSONA3】)
(12月某日:【DEATH】&【STAR】)




 十全を考え、万全を期すならば、この手狭な島を潔く飛び退いて大陸の向こう側まで距離を開けるのが良かったのかも知れない。だが自分自身で”何処まで離れるか”を一人考え抜いた末に出した結論は、結局、同じ島の内部――ほんの数週間前までいた場所と今いる場所の距離が遠いか近いかは人それぞれだろうが、少なくとも時差が存在していない時点で、最終的な解答は既に捻り出されているように思える。そこには多分【未練】と言う単語が記されたラベルが貼り付けられている、と、彼はうっすらと思いを漂わせていた。
 吐息が景色よりも一足早く雪化粧する十二月の配色、明け方の世界。
 規則的な喧騒が、弧を砕くようなドップラーを従えて背後を通り抜ける。
 橋の欄干に身体を預けて川面を眺める望月綾時の背後を、橋向こうの工場群に部品を供給するトラックの一団が通り過ぎていた。しっかりと【かんばんほうしき】とやら――授業で習ったけれど特に興味は無かったので八割方聞き流した――が遵守されているようで、先程から一定の時間毎に疎密を入れ替えて輸送を遂行している。
 ムーンライトブリッジから眺めた風景と、この橋上から見上げる情景は良く似ている。影時間での蠱惑的な輝きから一転し、明け方の薄青をうっすらと密やかに焦がす上弦の残月を眺めながら、綾時はポケットから一枚の写真を取り出した。”修学旅行”で撮影したその写真には黄金に煌く寺社を背景に笑う自分と順平、そしてその背後を偶然通り掛かった”彼”の横顔が、三つ首を成すかの如く仲良く焼き付いている。垂れ下がったマフラーの端を自分で踏ん付けて京都駅の大階段を転げ落ちたのも、人力車の車輪にうっかりマフラーを絡ませて引き摺られたのも、芸者遊びがしたいと提案したが却下され代わりにマフラーを帯に見立てて大回転(危うく意識不明になる所だったが)したのも、露天風呂で赤道と南極の両方を体験したのも、全ては良い思い出だ。
 だからこそ、この身にしっかりと巻き付いて離れない。
 月光館を離れる際に、思い出となった私物は全て処分した筈だったが、この写真だけは服に忍ばせたまま始末し忘れていた。だからと言って気付いた時にその場で処分する気にもなれず、こうして現在も持ち歩いているのだ。手放してしまえば、ヘリウム風船のように何処までも高く舞い上がって消えて行くだろうけれど、手放せない――きっと、何処かに、【絆】と言う名の見えない糸が巻き付いている。
 そこでふと、そう言えばここは京都から程近い場所だった事に気付く。どの道、末日――大晦日までは特に成すべき責務もない。この身を闇に還してしまうその前にもう一度あの瀟洒な情景を楽しむのも悪くないと考え、彼は写真を服へと戻す。
 が、うっかり指を滑らせ、写真が宙に舞う。慌てて一度は離した身体を再度欄干に密着させ、精一杯に身を乗り出して何とか川面に落とさずにキャッチ。上半身をくの字に折り曲げたまま、安堵の息を吐き出した。
 と、
「……おい、危ないぞ! こんな時間にそんな所で、一体何をやってるんだ?」
 大気圏外から一気呵成に降り注ぐような、極めて鋭角の声音。
 体勢はそのままに首だけを背後の歩道に振り向けると、そこに、一人の青年が立っていた。
 上下水色のジャージに身を包んだ、頑強に日焼けした浅黒い肌の青年だ。首周りに巻いているタオルから推測するに、恐らくは早朝のジョギング中らしい。だが何故か背中には膨らみの厚いリュックが背負われている――綾時の想像力は、その理由にまでは手が回らない。尤も、この青年が早朝の運動を兼ねて片道数キロの行程をジョギングして橋向こうの工場まで”出勤”している事実、送迎バスを利用する事によって発生する給料天引きの交通費支出を無くし少しでも家族への仕送りを多くする為だと言う理由は、別に知る必要も無い事柄なのだが。
 とは言え、返事はしなければならない。
 折り曲げていた身体を起こして欄干から離れ、彼は応答する。
「あ――ごめんごめん。ちょっと大事な荷物を落っことしそうになったから身を乗り出していただけなんだ。別に飛び降りたり飛んだりしようとした訳じゃないから、安心して」
「そうか、それなら別にいいんだが……ん?」
「どうかした?」
 特におかしな返答を述べたつもりはないが、青年は何故か眉をひそめ、首を捻る。
 そして大真面目に告げた。
「いや、飛び降りは兎も角、人は飛べないだろう」
「…………うん、飛べない、ね」
 どのように表情を形作るべきか大いに困惑したが、取り敢えず、平静な面持ちで頷き返した。
 青年は欄干に歩み寄り、数十メートル下の川面を眺め落としながら「こっちに越してきて日が浅いから俺はまだ目撃した事はないが、近くの歓楽街で飲み明かしてそのまま直接出勤する人間が強風にあおられて川に転落する事故がよく起きているらしいからな」と理由を述べる。ふぅん、と形式的な納得を見せ、綾時もまたその高さを再度確認した。
「確かに。ムーンライトブリッジといい勝負だね」
「ああ、そうだな。あの橋の方がもう少し高かったとは思う、が――」
 語尾が前触れも無く荷物を纏めて蒸発し、二人の視線が川面から跳ね上がって互いの双眸を捉える。
 暫しの停止を経て先に言葉を切り出したのは、青年の方。
「お前、ムーンライトブリッジを知ってるのか?」
「え? あ、うん、知ってると言うか、つい――」
「……ああ、そうか、成る程な。その校章」
 綾時の発言を曖昧に吹き消して、青年の言葉が場に踊る。彼が指差したのは、マフラーで大部分が隠された綾時の左胸。そこに今もまだ縫い止められている、紅い外縁に白黒が十字交差した月光館学園の校章――制服の着崩しに比較的寛容な校風らしく着脱可能なタイプなのだが――を指し示し、重心の安定した頷きを見せた。
「そうか、月光館の生徒なのか。道理であの橋の事を知ってる筈だ、何せお膝元だしな」
「そうだけどね。じゃあ、もしかして、君も?」
「ん? ああ、いや、俺は月光館の生徒じゃない。ついこの間まで程近い地区の高校に通っていたから知っているだけだ。まあ、ちょっとした事情があって中退してしまったんだが……それにしても、今はまだ二学期の最中でしかも平日だ。学校に行かないで、どうしてこんな離れた場所にいるんだ?」
「あぁ、それは」
 青年から投じられる、事情を把握した者ならば誰もが辿り着く必然の疑問。
 だから、綾時は速やかに適切な回答を思考の内側で組み立てる。【それは簡単な事さ。僕はついこの間まで月光館の方にお世話になってたんだけど家庭の事情であっちをもう離れたんだ。これはただ外し忘れてただけで、もうあの場所を訪れる事は無いよ】――非の打ち所が見当たらない、全方位から死角を除去した模範的な回答。ほんの僅かだけ虚偽が混じってはいるけれど、この場を切り抜ける上では問題無い。
 それを一文字一文字順々に舌に乗せ、続々と口の外に弾き出せば良いだけの実に簡単な手順。
 実に簡単な手順、なのだろうけれど。
「……それは」
 舌に乗った言葉、口の外に弾き出された文章は、何故か、お膳立てした代物とは異なっていた。
「それは、簡単な事さ。実はついこの間までこの近くの学校にお世話になってたんだけど家庭の事情で月光館の方に転校する事になってね。これは手続きを終えた時に一足先に貰っただけで、ムーンライトブリッジもその時に見たんだよ。それで、もうすぐ、月末辺りかな――あっちに行くから、それを楽しみにしてるんだ」
 配線を繋ぎ間違えた一文が、緩やかな音を伴って場に戦ぐ。
 配線を繋ぎ間違えている事は百も承知なのだけど、それでも、最後まで言葉を止める事は出来なかった。
「――”みんなにもう一度会える”のを、とても、楽しみにしているんだ……」
 配線それ自体が存在しない発作的な一文を、最後の最後に、付け加える。
「……そうなのか」
 綾時の言葉を黙って聞いていた青年が、その最後の一文までを聞き取ったかどうかは分からない。が、話された内容それ自体には特に違和も不和も抱かなかったようで、「つまり冬休み明けから月光館に通うって事か」と推論を導き出していた。何かを思うような、何事かに想いを馳せるような射程の長い視線を、消えかかっている残月へと飛ばす。
 やがて、語るべき言葉を編み上げたようで、逸らしていた視線を綾時へと縫い止めた。
「なら、俺が少しは役に立てるかも知れないな」
 青年の唇の隙間から、引き締まった笑みと絞られた輝きが零れる。役に立てる、とは一体どう言う意味なのかを綾時が測りかねていると、言葉は続けられた。
「俺が”向こう”にいた時に、月光館に通っている生徒に色々と世話になった。お前は、今は何年生だ?――二年か、なら一緒だな。確か、今はF組に在籍している筈だったか……そう言えば、部活以外の話題は殆ど会話しなかったような気もするな。今思えば、もう少し幅広いジャンルの会話をしていても良かったかも……っ、と」
 説明の為の言葉がいつしか懐古の為の独り言に衣替えしていた事に気付き、青年は我に返る。
「悪い、悪い。つい想い出に浸りそうになってしまった。まあ、兎に角、そいつは色々と頼りに出来る人間だから、月光館に行ったなら是非とも話し掛けてみるといい。【早瀬から聞いた】とでも言えば多分納得してくれると思う。きっとお前にとっても有意義な人間関係が築けると思うぞ」
「そう――いや、どうもありがとう。でも」
「でも?」
「その人の名前、まだ教えて貰ってないよ」
「ん? 言ってなかったか? おかしいな、自分では既に言ったような気がしたというか……いや、違うか。何となく、”既に知っているだろう”と何故か根拠も無く思い込んでいたから、かも知れない。済まないな。それでだ、そいつの名前は――――」
「………………」
 或る特定の人物を指し示す固有名詞が、場に躍る。
 その名前を述べた青年は、綾時の表情が”すぅっ”と漂白された変化を見逃さない。恐らくは今初めて聞いたであろう人物の名前に対する反応にしては、余りにも過敏過ぎるような気がする。
 思い当たる理由は、数える必要も無い程度に限られている。真っ先に浮かんだ理由を、彼は尋ねてみた。
「――知り合いか?」
「ううん」
 すると意外にも、否定の返答が即座に打ち返される。そこから先の言葉を続かせない、実に明快な回答。
 が、そう断言した当の本人が、漂白されていた表情――尤も、元々が過度の色白なのだが――に人間並みの体温を行き渡らせて、何事かを呟いた。それを聞き取り損ねた青年が呟いた言葉の内容を問う前に、「それで、その人って君から見たらどんな人?」と、今度は追及の質問を投球して来たのだった。
 まるで”自分自身の評判を知りたがっている”人間の態度のようだ、と青年、早瀬護の意識は両目の奥で印象を結ぶ。そして全くの第三者に対して自身の想い出、彼の人物像をすらすらと述べ上げているのに何の違和感も感じない事に、彼は内心で大いに驚いていた。


 精錬されたフットワークを駆使して軽快に遠ざかって行く青年の後ろ姿を見送りながら、綾時は自身の記憶の中にぼんやりと浮かぶ【星】と【愚者】のイメージを意識する。それは恐らくは、自分がまだ”彼”の内側に刻まれていた頃のイメージ。つまり、彼が体験した事象を、何枚もの磨り硝子を通して眺めているようなものだ――全ては極めておぼろげで曖昧な光景だが、それでも、あの青年について”何となく知っていた”事は、はっきりと理解出来た。
 一旦繋げてしまった縁は、容易には断ち切れない。
 全く無縁の地まで逃避したとしても、こうして、縁が織り成す円の中で先回りされ囲われる。
 その閉塞感や束縛感を”快い”とすら感じてしまう今の自分の心境が、驚きでもあり、悩みでもあった。末日――大晦日に、彼は【選択肢を選ばせ】に、再びあの地へと赴く。選ぶのは彼等であって、その日の自分は彼等が選んだ選択肢を聞き届け、それに応じた結末を提示するだけだ。自分にはもう何も選ぶ義務も、そして権利も無い。極論すればスピーカーと同レベルの存在と言っても良いのだろう。宣告をただ発信し準備を整えるだけの、一種の舞台装置。
 だが彼の中で人間性を獲得し育んだ事により、装置は本来の役割を少しだけ逸脱し、彼等に本来は存在しない選択肢を提示する事になった。けれど、それは果たして喜ばしい進化だったのか、忌むべき深化だったのか。
「……中途半端だよね」
 もたれかかるように、重力の誘いに任せてその身を欄干へと預ける。
 自分が与えた選択肢は、むしろ余計な混乱と混沌を授けただけかも知れないと、綾時は認識していた。【終わりの日までをどう有意義に生きるか】の選択肢のように見せ掛けても、結局は【どんな死に方がいい?】を選ばせているだけの華やいだ欺瞞。ならばいっそ、選択肢すら見せずに一本道を進ませてあげた方が安楽な結末ではないのだろうか。
 選択肢を与えるのだったら、【どうにかなる】選択を用意すべきだった。そしてそれが絶対に無理だと言う事を熟知しているから、この懊悩は決して絶える事は無い。大晦日、選択の日に、彼等の元に赴いて結論を聞き取るまでは。
 もしも、自分にも何かしらの選択権があったなら。
 その時はきっと――”彼等の前に姿を見せない”、”何も物事を進めない”、そんな選択を摘み上げるのだろう。それこそが究極の逃避であり極限の怠慢である事を理解してはいても、きっとその選択肢を選択する。そんな確信が、胸の内で煌々と輝いている。
「僕は、全てを進める装置なのに」
 呟きが放られ、
「その僕のスイッチを僕が操作する事が出来ないなんて、ねえ、中途半端な理不尽だよね――」
 双眸の向こう、曙光の中に浮かんだ”彼”に向けて、宙を舞う。
 やがて勢いを失い、本人に届く事は無く川面に落ちる事を予測してはいても、そう愚痴らずにはいられなかったのだ。

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