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創作サイト【文燈】の雑記、一次、二次創作書き散らし用ブログ。 休止解除しました。創作関連はサイトでの更新に戻るので今後は雑記、返信等が中心となるでしょう。更新が鈍い場合はツイッター(http://twitter.jp/gohto_furi)に潜伏している可能性が、大。
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二次メモ:【P3】


 ( 09.3.15 )





 読めない言語で知らない他人が刻み込まれた硬貨を机の上でくるり、と回す。
 この国の通貨の持ち合わせが足りなかった異人さんが不足分として置いていったらしい謎々だらけの硬貨には、背筋を伸ばしたゼロが肩を組んで仲良く一列に並んでいた。通貨危機にさえ陥っていないのなら不足分を鼻歌交じりに跨ぎ越す価値になっているとも思える存在感ではあるが、流石にそれを調べようとまでは思いはしない。息切れして回転が鈍った硬貨はふらふらゆらゆら千鳥足を演じ、机の傍らに積み上げられている書籍にぶつかって倒れ込んだ。異人さんが現れた。きっと偉人だろう。この国の通貨と同じデザイン感覚ならば、だけれど。
 硬貨を摘み上げ、新聞チラシで折られている小箱の小銭入れに戻す。
 カウンターと呼ぶには年季と年輪がカウントされ過ぎた勘定台に両肘を突いて、彼は店内を右から左へ眺め見た。来客が透明人間でない限りは誰一人として訪れていないのは明らか――だからこそ、店主夫婦に「わしら、ちょっくら散歩にでも出掛けるからそのあいだ留守預かってくれんかのう」「お客さんはきっと来ないと思うから座っててくれるだけで大丈夫よ」と店番を頼まれてしまったのだが。恐らくは自分がこの【本の虫】の一番の常連なのではないか、と思いながら過去の記憶を手繰って、それがほぼ間違いない事を割とあっさり確信する。ちらりと覗いてみた売上帳簿に、売れた古本と一緒に購入者の情報も記されていたからだ――堂々の第一位だった。
(知らない人も、いる)
 つまり、その他の名前は殆ど全員、知っていたのだ。それが何とも新鮮な驚きに思えてしまう。
 帳簿を引き出しの奥に仕舞って、改めて店内を観測した。
 本棚に収まりきれなかったハードカバーが、文庫が、古雑誌が、出来損ないのレゴブロックのように不安定な重なり方で斜塔として成り立っている。本棚の中にしても縦置き横置きが立体交差の如く入り組んでいて、とても手入れが行き届いているようには見えなかった。あの二人の背丈と腰の曲がり具合では下の方はともかく上の方は到底届かなさそうだ。
 何かを考え掛けて、一度は引っ込める。
「――どうでもいい」
 一度は引っ込めた。
 しかし、今までは穏便に受け流していた違和感が、いざ焦点を合わせてみるときっちり矯正したい不和に思えてくる。ただここに座って架空のお客を待つだけでは退屈で、何よりも眠気に膝を折って屈しそうなので、この際、自分が整理するのも悪くはない――と考え、彼は立ち上がった。
(って事は……ない、か)
 善意が主役ではない。
 眠気が悪役なだけだ。
 積み本以上に多量の埃を被っていた脚立を店の奥から持ってきて、上に乗る。歯軋りのような悲鳴が足元で騒ぐのが気になり(食欲の秋だからと言って食べ過ぎた覚えはない)、半端にずらして装着中だったイヤフォンをきっちりと耳に合わせた。ノイズが退場した所で、最上段で斜めに傾いだ百科事典類へと手を伸ばす。
 そこで背後から、場違いな光が焚き上がった。
「へえ。ちょっと埃っぽいけど不思議な風情があるお店だね」
 自分でも意味をよく理解していないメイド・イン・アルファベットの音楽を――きっちり耳に合わせて雑音を遮断している筈だが――ふんわりと押し退けて、そんな声が耳の中へと届いた。
 振り返ると、脚立の真後ろに、携帯のカメラレンズを彼の方へと向けた少年が立っている。ついこの間同じクラスに転校・転入してきたその男子生徒――望月綾時は、教室同様に黄色いマフラーを非自然(自然だけれど違和感はある)に首に巻き付けていた。あらゆる角度から埃が舞い散る店内を眺め、脚立の上から眺め下ろしている自身へと視線を固定する。
「――ええ、っと? あれ、何だかその目、僕を歓迎してないっぽく見えるけど?」
(……そうじゃない)
 どうやら、彼の目には自分が歓迎されていないように見えているらしかった。
 それは違う。別に、仕事の出鼻を挫かれた事に対して怒っている訳ではない。
 ――ないが、
「冷やかしなら」
 お断り、との語尾は言わずもがななので店頭には出さず引っ込める。お世辞にも、彼は古本屋に正当な用件で足を踏み入れる人種には見えなかった。
「やだなあ、外国暮らしの長かった僕だってその位は弁えてるよ。ただアイギスさんに付かず離れず尾行されっ放しで上級生のお姉さま方とお近づきになれないから尾行を撒くついでに年上の女性を口説き落とすテクニックなんかが書かれた本が欲しいなー……って事で、ちょっと失礼、っと」
 言うや否や、勘定台のすぐ傍、一際高く積み上げられた本の斜塔の裏側に回ってしゃがみ込む。ほぼ同時に、“公私”共に聞き慣れている独特の重厚な足音が聞こえ始めた。それが【彼女】の奏でる焦燥の旋律である事に気付くのと、自分もまた望月同様にしゃがみ込んで店外から見えないよう隠れたのも、ほぼ同時。
 理由は単純だ――二人とも隠れないと、“ややこしいはなし”になるのが明白だったから。
 そしてこの場では、その判断が正解だった。
「――――熱源は二つ。いつもよりもお二人の熱量が高い数値を示していますが、管理限界を越える程の数値ではありませんね。目視では実在を確認できませんが、奥にいらっしゃるのでしょうか? 兎も角、その二つ以外に同質の熱源は感知不能……」
 店の真ん前で立ち止まった制服姿のアイギスが、店内を一瞥して呟きを零すのを斜塔の隙間から二人して眺める。どうやら彼女の感知センサーは二つの熱源を現在外出中の【老夫婦】と認識したようだ――測定データの変動を彼女は誤差の範囲内と受け取り、店内には踏み込まずにその場を立ち去って行った。
 足早な疾走音が完全に消失したのを聞き取って、二人は立ち上がる。
「……行ったみたいだね?」
 望月の安堵に対し、彼は黙ったまま頷く。
 そして真っ直ぐに視線をぶつけた。【何か忘れている事はない?】と題名を付けるのが相応しい、視線。
 鈍感そうに見えて危機感の感知だけは素早い。望月は視線の意味にすぐに気付き、笑みを浮かべた。
「っと、勿論、忘れてないよ? じゃあ取り敢えず身を隠させて貰った恩を金で返すって事で、ここに積まれてる本をぜーんぶ貰っちゃおうかな」
 自分の身体をアイギスの視線から護り抜いた本の斜塔を指し示し、望月が告げる。
 斜塔の一冊一冊に貼られた値札を見て総額を計算している間に、彼は財布の中から無造作に紙幣を何枚か取り出していた。キーが存分に磨り減った電卓に示された総額には目も向けず、その全てを手渡してくる。
「ふふ、心配しなくてもお釣りは要らないよー。その代わりと言っちゃ何だけど、今後とも末永く宜しく仲良くして貰えると嬉しいな」
「――いや」
「えッ!? 却下!?」
 本人にとって想定外だったであろう返答に、望月は仰け反りながら当惑の声を上げた。
(そうじゃない)
 それは違う。別に、【末永く宜しく仲良く】に対してお断りの返答をした訳ではない。
 望月本人はまだ気付いていないようだが、渡された紙幣はこの国の中央銀行が発行している紙幣ではなかった。諭吉さんでも一葉さんでも英世さんでもない口髭顎鬚たっぷりのナイス・ミドルがラクダに乗って湾曲した片刃の剣を振り上げている紙幣は、どう好意的に見ても【コンゴトモヨロシク】からは程遠い代物。今日の今日まで、一度も、目にした事はない。
 この親愛ならざるヒゲをどう取り扱うべきか、目を瞑って思案する。
 結論はすぐに出た。
「これはこの国の紙幣じゃないから本来は使えない」
「え?――って、あ、本当だ。ついうっかり帰国前にいた国の紙幣出しちゃったんだね。すぐにこっちの紙幣を」
「けれど、今回は特別にこれで構わない」
 特別にね、ともう一度繰り返して、彼は受け取った紙幣を引き出しの中の紙幣置き場に放り込んだ。不意打ちにも程がある【トクベツ】の一言に、望月は当惑の表情を喜悦へと差し替えてぱあっ、と笑みを咲かせる。
 ただ、それでは取引としては一方的過ぎて不公平だった。
「手を出して」
「え? 何?」
「お釣り」
 そう言うと、彼は小銭入れから一枚の硬貨を取り出して、望月の掌に乗せた。
「貰いっ放しじゃあ不公平だから。ついでに、“条件”も、合わせておいた」
 その掌に乗せられている硬貨には、読めない言語で、知らない偉人の姿が刻み込まれている。


 両手一杯に古本を抱えた“お客様”が意気揚々と店を出て行ったのを見送って、彼は先程の紙幣を取り出した。
 今日の今日まで――【実物】は一度も目にした事はない、紙幣だ。この国のお金に換金すれば先程売れた古本よりも桁が三つか四つは多い額になるだろうから、老夫婦が帰ってきたらその事を伝えるのを忘れないようにしなければならない。それと、お釣りとしてあの謎々な硬貨を渡した事も、だ。
(……分の悪い賭けではなかった、と思う)
 あれ一枚で、桁が五つか六つか多い額になれば、勝敗は引っ繰り返る。
(勝敗の問題でもない、とも思うんだけど)
 異人さんが現れた。
 きっと偶然だろう。
 勘定台に両腕を預けた。彼はさっきからずっと我慢していた欠伸を解き放ち、じっくりと一眠りする事にする。






 “ 悪貨が悪貨を駆逐した ”
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