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創作サイト【文燈】の雑記、一次、二次創作書き散らし用ブログ。 休止解除しました。創作関連はサイトでの更新に戻るので今後は雑記、返信等が中心となるでしょう。更新が鈍い場合はツイッター(http://twitter.jp/gohto_furi)に潜伏している可能性が、大。
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 秋田BOXの後日談関連の話を読んでいる方なら楽しめる、か、もしれません。

 ( 10.1.14 )





 “スウェーデンボリー魔術学校における昼休み、マジク・リン教師の休憩時間は同校教師の平均のそれを大きく下回る”
 それは同校に籍を置くものならば教師生徒を問わず言わずと知れた、校内七十七不思議の中の一つだ。開校十周年を祝す各種催しの一環として「たった七つじゃすぐにネタ切れして面白みがないだろう」との校長の王――もとい鶴の一声で生徒、教師達にアンケートを取った所、上位七十七種の一つにこのような不思議が紛れ込んでいた。
 第何位だったかは定かではない。が、少なくとも一位でない事だけは明らかだ。アンケートに協力した人々の大多数が口を揃えて、僕は、私は、“校長のデスクの壺の中のキャンディは幾ら生徒に配られても無くならない”を書いたと証言している。同時に“男子生徒が貰うキャンディは女子生徒の場合のそれと比較して薄荷率が円周率並みに跳ね上がっている”不思議も確認され、アンケート自体には一枚の記載も無いにも関わらず同率一位の栄冠を獲得したのだった。
 それ故に校内七十七不思議は実質七十八不思議存在する(ありがちである)訳だが、それはさておき、マジク・リン教師に関する件の不思議は残念ながら不思議でもなんでもない単なる事実である事は、既に校内の常識として認知されている。
 つまり、こういう事だ――


「焼き蕎麦パンください」
「もう売り切れましたよ」
 一言で言えば――二言だが――、それは交渉と言うよりは挨拶に近いものだ。交渉に漕ぎ付けた事は一度も無い。既に売り切れている事を知っていてそれでもなおそう言わずにはいられない魅力が焼き蕎麦パンには存在していた。昼休み開始直後の暴風のような販売時間から十分、十五分遅れてくる人間にとっては、それは神の実在と同じ程度に疑わしく確からしい幻の商品なのだから。
 とまあ、購買部でのそんな世界一短い断絶の挨拶を経て、マジク・リン教師は今日も今日とて、魔術学校の広大な庭の一角、どの時間帯でも程好い日陰が約束されているいつものベンチに腰掛けて売れ残りのキースパンを齧っていた。【兎に角赤い】のが売りらしい。売れ残りだが。完全無農薬が売りらしい。売れ残りだが。
(明日からは、メガホンでも使った方がいいのかなあ)
 口内にぼんやりと広がるトマト味を喉の奥に押しやりながら、マジクはついさっきまでの講義を思い返す。自分の弟子に【風邪声】とこき下ろされている自分の声は残念ながら生徒達の殆どにとっても似たような印象らしい――精一杯声を張り上げたつもりが、後ろの方の席までは全然届いてなかったらしく、講義終わりに「じゃあ何か分からない所があったら質問に来て」と言ったが最後、講義“そのもの”をチャイム後の教壇で手短に且つ濃密に繰り広げる羽目になる。昨日までもそうだった。前の講義もそうだった。次の講義もそうだろうし、明日以降もそうだろう。
 是正の必要性は充分に認識していた。キースパンとはそろそろ袂を分かち、もはや幻を通り越して伝説になりつつある焼き蕎麦パンの実物を拝むためにも講義後に再講義しなくても済むようにしなければならない。
 パンの残りを口の中に押し込んで、コーヒー牛乳と一緒に胃の中へ飲み下した。ほんのり紅色付いている唇の周りをローブの裾でごしごしとこすり(「ハンカチで拭きましょうよう」と弟子にはよく叱られる)、食物と入れ代わりに体内から昇ってきた欠伸を吐き出した。午後の始めの講義まではそんなに時間的猶予もないが、それでも、一眠りするには絶好の天気と風通しだ。
「午後イチの講義、何だったかな……あー制御法論Bか。前回どこまでやったかな……定期考査も近いし今日はここまでの復習で自習でもいいかな……Bだったっけ? Aだったかも……まあいいかAでもBでもどうでも」
「良くはないな、マジク教師。今の言葉は職務怠慢と受け取られても仕方がないぞ?」
 背もたれに背を預けて青空を見上げていた彼の独り言を、通りすがり――と言うには狙いの定まり過ぎた――の声が撃ち落とした。真っ直ぐ前に向き直ると、自分よりも一回り体格の大きな“教師めいた”男がいつのまにか真正面に立ち、見下ろしている。教師めいた、自分よりも遥かに教師らしく見えるその同僚が、マジクの傍らで今にも風で吹き飛びそうなキースパンの空き袋を眺めながら言葉を続けた。
「……また今日もそれか? よくもまあ、そんな不味そうなパンを飽きもせず食べ続けられるな」
「いや、飽きてはいるんですけど、色々と事情があって」
「ああ、その事情は承知している。明日からはメガホンでも使用してみたらどうかね」
(仰る通り)
 懸念とその解決策をずばり言い当てたクレイリー・ベルム教師に、マジクは内心でまばらな拍手を響かせた。
「前向きに検討します。備品扱いで経費として落ちますか?」
「それは事務方に聞いてくれ。健闘を祈る」
 まるで魔王に立ち向かう勇者を送り出すかのように重々しく目を伏せるクレイリー。祈っている……のかも、しれない。少なくとも彼ら教師達からしてみれば、事務方は実在する本物の魔王よりも更に魔王らしい、手強い存在である事には違いないのだ。
 祈りを終えたのだろう(と言う事にしておく)――目を開けたクレイリーは、小脇に抱えていた書類の束から一枚、二枚と何らかの用紙を抜き出した。マジクへと差し出す。
「なんですか、それ?」
「見れば分かるさ」
 促されるままに受け取り、眺め落とす。構造はシンプルだ。生徒達の署名が上から下に箇条書きに並び、その下に【顧問教師名】と記された空欄が長方形の口を開けて佇んでいる。折り返すように上へ視線をなぞり直すと、最上部には【新規部活動・申請書】と記されていた。つまり、そう言う事だ。
「……部活?」
「ああ」
 クレイリーは頷いた。
「知っての通り――まあ知り過ぎる位に知っている話だが、君やわたしは魔術戦士も兼任、いやそちらの本業と並行して教師職も兼ねているから例外的に直接生徒を受け持ってはいない。ただ最近、その扱いに不満ではないにせよやや否定的な評価を下す輩も多くなり始めてね。そこでだ」
「部活動の顧問を請け負わせる事で、不満の芽を早い内に摘んでおこうと言う訳ですか」
「まあ、そんな所だ。校長には既に話を通してある。と言うか、言い出したのはむしろ校長の方だな。君に手渡したそれらは、校長が【適任だろう。いやむしろ運命だな】と言っていたが……はてさて、一体どういう意味だか」
「?」
 クレイリーの生温い苦笑に首を傾げつつ、マジクは申請書の表記のすぐ下、今まで視線を留めていなかった【部名】の欄に視野を移した。そこには、このように記されている。
 <新・邪教崇拝部>
 <最終戦争脅威力研究クラブ>
 眺め落とすなりちょっぴり赤めの唾を盛大に噴き出したマジクに、クレイリーが笑いを隠し切るつもりも特になさそうな軽薄な声音で問う。
「心当たりがある表情だな、マジク教師?」
「…………えぇ、まぁ。ちょっとばっかし」
 新(原)大陸の開拓が進み、神人種族による壊滅災害の頻度が減ってからは、それ以前よりもますますこちらへの入植は盛んになっている。そんな入植者達の中にたまたまトトカンタの学校でのクラスメート達が混ざっていたとしても、まあ、別段、特に不思議はない。七十七位までには入らない。
「二世か……うっわ、遺伝って素晴らしい」
 それが素晴らしいものばかりではない事は我が身で充分に実感済みだったので、これは勿論、皮肉以外の何物でもないのだが。
 結論は光速をも追い抜く逃げ足の速さで導き出される。
「どっちも嫌です」
「安心したまえ。校風にそぐわないとの理由で校長が既に却下したそうだ――まあ、幾ら何でもこんなトンチキな部活動はここに限らずどこの学校でもそぐわないだろうがね。ハハハ」
「ははは、そうですね」
「いつにもまして声が虚ろだな、マジク教師……いや、まあいい。では本題に入ろうか。アキュミレイション・ポイント近郊の――」


 スウェーデンボリー魔術学校には、七十七不思議以外の不思議が幾らか存在する。


「と言う訳で」
 その前に繋がる文章はいつものように存在しない。まあ、いつもの事だ。
「所用が入ったのでこの時間は自習にします。前回までの復習を……え? うん、自習。聞こえなかった? 自習だからー、みんな、教室からは出ないで大人しく自習をー、あ、教科書を丸めて? ああ成る程、筒を作れと。よく聞こえる、と。えー、この時間は自習ですー。聞こえない人は手を挙げてー。って後ろ半分全員? あれ、でも手を挙げたって事は聞こえてるよね……まぁいいか。ところでこの時間ってAだっけ、Bだっけ?」


 “年中無休の昼行灯、マジク・リン教師は、実は校長もとい魔王オーフェンすら一目置く騎士団最強の魔術戦士である”
 それは校内の隅から隅まで、壁際を這うように、まことしやかに囁かれている不思議である。
 本当かどうかは定かである。彼は魔王オーフェン・フィンランディの片腕の魔術戦士である。
 それが不思議として語られるのは、まあつまり、「それが不思議」――そのままの意味だからでしかない訳であるから、なのだが。






 “アイソトープの辺(ほとり)”
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